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GI東京島酒ロゴ発表

  • 2024/04/27
  • 堀口潤一

商品販売部部長の堀口です。

先日弊社社長の杉本ブログで東京島酒がGI指定された事を紹介させていただきました。この度ロゴマークの使用許可をいただきましたので再度ご紹介させていただきます。GI東京島酒の詳細はコチラ

GIのロゴマーク

~ロゴについて~

伊豆諸島の島々をイメージし、各島が連なってることから「東京の島の結束」を表したシンボルとなっています。黒部分が「GI」の文字に見えたり、中央部分がグッドマーク(いいね!)に見える仕掛けも隠されています。様々なデザイン案の中から若手を中心に選定されました。今後愛されるデザインになる事を切に願います。

~東京島酒のはじまり~

1853年に薩摩藩の商人だった丹宗庄右衛門が八丈島に「島流し=流罪」されてきました。丹宗庄右衛門の出身は現在の鹿児島県阿久根市。芋焼酎が身近な存在でした。当時の八丈島は米は貴重品。飢饉も度々起きていたそうで主食とするべく幕府はさつまいもの栽培を推奨していました。さつまいもから焼酎が造れる事を知っていた庄右衛門は鹿児島から設備を取り寄せてさつまいもと身近な麦から焼酎造りは始めたのが東京島酒の始まり。当時の記録、「八丈実記」にこんな一文が。

「米粒一粒費ナク、農作家作ニ大益ヲ得タリ」

米を使わず酒を造り、皆に大きな利益をもたらした。という意味。丹宗庄右衛門は島では英雄扱いだったに違いありませんね。刑期を終え薩摩に帰った後、その功績を残そうと「島酒の碑」が建てられました。

島酒の碑

島酒の碑

島酒の碑

今でも年に一度、八丈島4蔵で清掃するという習慣が残っているそうです。丹宗庄右衛門が焼酎造りを伝えてから170年余り。その間東京の島で造られる焼酎はいい意味で「ガラパゴス」だったと思います。

鹿児島や宮崎の焼酎とは違う独自の進化は逆に今「面白い」と評価されています。

青ヶ島の「あおちゅう」に至っては自然麹を使う江戸時代からと同じ造りを残すプリミティブさ。ラベルデザイン、ボトルの形状などどこか古典的ながら新しい。

東京の地酒、東京島酒が世界に羽ばたく日は近いですよ。